人口減少下における地方創生を考える〜地方消滅論に農山村はどう向きあうか〜

昨日、話題の小田切徳美氏の講演会が兵庫で行われたので、

それに行ってきました。

おもしろい内容だったので、内容のまとめと感想を書きました。

もし良ければ読んでみてください。

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◯プログラム

■開会挨拶

 公益財団法人ひょうご震災記念21世紀研究機構

 理事長 五百旗頭 真

■基調講演

 「人口減少下における地方創生を考える〜地方消滅論に農山村はどう向きあうか〜」

 明治大学農学部教授 小田切 徳美

■報告

 ・「リスボン地震とその文明史的意義の考察」

 室崎 益輝

 ・「自然災害後の土地利用規制における現状と課題〜安全と地域持続性からの考察〜」

 人と防災未来センター研究員 荒木 裕子

 ・「災害時の生活復興に関する研究〜生活復興のための12項」

 室崎 益輝

 

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◯基調講演(レポート)

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田切 徳美氏

 

 本講演は、安倍内閣の下立ち上がった「まち・ひと・しごと創生本部」の進める「地方創生」に対する反論・批判を動機に執筆された、『農山村は消滅しない』(小田切徳美,2014,岩波新書)をわかりやすく一般講演用にまとめられたものであった。「地方創生」というポジティブなキャッチフレーズとは裏腹に、それが根ざしているのは『地方消滅』(増田寛也,2014,中公新書)でまとめられている「地方消滅論」である。「地方消滅論」の犯した取り返しのつかない罪深い点は、896もの特定の市町村を乱暴な推計により「消滅可能性都市」として名指ししたことである。これにより、「消滅」というネガティブなキーワードが一人歩きを始め、名指しされた市町村の住民に、自らの地域に対する「諦め」の気持ちをもたらしている。そして、連動するように自らの地域からの「撤退」をすすめ、財政の「選択と集中」を企てる。小田切氏は、「地方創生」は「農村たたみ」であるという痛烈な批判を発している。

 「地方消滅論」への対抗軸として小田切氏が唱えているのが、「田園回帰」である。田園回帰とは、「単純に農山村移住という行動だけを指す狭い概念ではなく、むしろ農山村に対して国民が多様な関心を深めていくプロセス」(小田切,2014,p176)である。小田切氏は、「都市と農山漁村共生・対流に関する世論調査」(内閣府)において、「農山漁村に対する定住の願望を持つ人の割合」が2005年と比べて2014年は大きく上昇していることに注目している。特に、その割合が団塊の世代よりも若者、そして女性においても上昇している点を強調し、田園回帰の主体が変化していることを指摘している。ただし、このような「移住」に対してよくある批判としては、「移住者などごくわずかなもの」であり、細い糸にすぎないというものである。小田切氏は、これを「糸くず論」と呼び、移住者に対して過小評価をしていると述べる。実際に小田切氏の主張を裏付けるデータとして、国土交通省「国土のグランドデザイン2050」(2014)の資料から、山間地域のモデル地区(人口1000人)の将来人口と高齢率の2050年までのシミュレーション(推計方法は藤山浩「中山間地域の新たなかたち」による)を行ったところ、一年に4家族が移住すれば、人口は減少するものの、高齢化率は減少していくという結果が出ている。田園回帰は、十分に期待していい現象として、小田切氏は指摘する。

 次に、農山村の実態についても解説している。おなじみ大野晃の限界集落論は、65歳以上の人口が50%を超えると限界集落化してしまうというものだが、50%という見積もりはあまりにも低すぎると小田切氏は指摘する。50%を超えてもなお集落の機能は低下しない時期が続くという。しかし、やはり徐々に集落の機能は低下し、ある時点において「臨界点」を迎え、その「臨界点」を迎えると、集落は本当に「限界集落」化してしまうのである。特筆すべきは、その「臨界点」は、住民の自らの地域に対する「諦め」の気持ちが蔓延したことをもって到達すると述べており、住民の心理的な変化に注目して農山村の実態を明らかにした点である。

 それゆえ、地域づくりは、消滅への危機意識ではなく、地域に対する「誇り」を再生し、当事者意識を持ってもらうことが重要視される。そのため、農山村再生のフレームワークである、①主体形成、②場の形成、③持続条件の形成は、「徹底したボトムアップ」をキーワードに設計されるのである。また、これら地域内での取り組みの他に、都市農村交流についても、言及している。交流は、外貨を獲得するという効果の他に、鏡効果といって農村の「宝」を写し出す効果もあり、これらが「交流循環」することで貨幣的価値や文化的価値、環境的価値、人間関係的価値など「新しい価値」の更なる上乗せが期待できると述べている。

 最後に、これらを体系的にまとめた実践として、鳥取県智頭町の「日本ゼロ分のイチ村おこし運動」を参考にしながら、農山村再生の戦略を述べている。農山村再生へのプロセスは、①事業準備段階、②逆臨界点、③事業導入段階に区分され、特に①の事業準備段階は長い時間を要するという。それは、一見してムダな時間に思えるかもしれないが、そのムダこそ、重要であると主張する。残念ながら、講演では時間の関係でほとんど飛ばされてしまったが、小田切(2014)から補足すると、その事業準備段階においては、もっぱら寄り添い型の地域支援が行われ、「再生」や「復興」という目的は掲げられないのである。このような目的を志向しない「遊び」のような時間を過ごす内に、集落住民の内発的な取り組みが生まれ、将来への夢や希望が描かれ、②逆臨界点に到達するのである。そして、③事業導入段階に入っていくのである。小田切氏は、地域再生に「V字回復」はあり得ず、底の部分が非常に長い「U字回復」を目指すべきであると主張し、講演会の幕を閉じた。

 

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◯講評

 「農山村が消滅しない」先に、どのような社会があるのか。小田切氏は、「国内戦略地域である農山村を低密度居住地域として位置づけ、再生を図りながら、国民の田園回帰を促進しつつ、どの地域も個性を持つ都市・農村共生社会を構築する」と述べている。しかしながら、小田切氏の主張は、「農山村への移住者の増加」ということの効果に注目した、もっぱら農山村の視点からであって、「都市の持つ魅力」などのような都市の視点からはほとんど語られていない。そのため、「農山村が消滅しない」ということはわかったが、都市と農村の関係についての示唆は得られなかった。もちろん、今回の講演会も著作も、「地方消滅論」に対する反論であるため、都市と農村の関係が主要な論点でないことは理解できるので、次回作に期待したいと思う。

 また、田園回帰の傾向に期待するのであれば、やはりその困難も明らかにすべきである。農山村への移住者の増加に焦点があたっているが、移住者が全員すんなりと農村に定住できるとは思えない。「すさまじい<争>社会性こそムラのエートス」という村田(1989、『新装 ムラは亡ぶ』)の言葉を思い出せば、「あたたかい農村」を期待した移住者が、ムラにとけ込めず都会に戻るケースも十分に考えられる。田園回帰が単に移住という行動だけではなく、農山村への関心を深めることであるなら、なおさら農山村への固定化されたイメージは払拭されなければならないだろう。農山村の現在の60代前後の住民は、高度経済成長期に若くして出稼ぎなどで都市へ労働者として移住した人も多く、都会的な考え方を持っている人も少なくない。もしくは、ムラではすぐに情報が噂で広がることから、密なコミュニケーションがあるかと思いきや、世代間のコミュニケーションは意外にも少なく、目の前の家の子どもの名前を知らないといったこともある。小田切氏の農山村への語り口は、そのような現実を無視し、ステレオタイプ化されたいわゆる「農山村」を描きすぎているとも言える。田園回帰が行動だけを表しているのではなく人々の関心をも表しているということは、この概念の面白いところでもあるが、十分に取り扱いに注意すべき点でもあろう。

 最後に、農山村と集落の関係である。将来人口と高齢率をシミュレーションする際に用いた山間地域のモデル地区は、人口1000人で高齢化率50%の地域である。これが、一年に4家族の移住者を呼び込めば、2050年には700人前後の地域になり、高齢率は30%以下になり、低密度居住地域になるというが、「300人減ったことをよしとする」ことの説明がされていない。300人も減れば、農山村はなくならなくても、集落は消滅する可能性がある。集落ごとで独自の文化が育まれてきたことを思えば、集落が亡くなってしまう可能性があることへの説明はされなければならないのではないか。

 以上が、あえて批判的に書いた感想だが、全体としてはかなり面白かった。特に、臨界点を単に人口や高齢化率の問題にするのではなく、人々の心理的な状態を基準にしたのは大変興味深かったし、事業準備期間としての無目的な「遊び」とも言える時間の重要性に言及していたのは、今後さらに発展的に考察していきたいと思った。そしてあまり関係ないが、講演会の会場が高密度高年齢だったのがとても印象的だった。

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◯参考文献

田切徳美(2014) 農山村は消滅しない 岩波新書

星野伸一(2011) 限界集落株式会社 小学館

村田廸雄(1987) ムラは亡ぶ 日本経済評論社